【名盤レビュー】SELLING ENGLAND BY THE POUND / ジェネシス

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 「イギリスらしいロックとは?」と訊かれたら、私ならこのCDを渡して、これを聴け、と答えると思う。
 GENESIS (ジェネシス) の6thアルバム 「SELLING ENGLAND BY THE POUND~月影の騎士~」('73) だ。


 初期 GENESIS


 初期の GENESIS ほど英国の香りを発散するグループは、そう居ない。プログレッシブ・ロックであるため万人ウケはしないが、幻想的で奥行きのあるサウンド、深みのある楽曲、ブラック・ジョークと何重にも含みを持たせた詩など、どこを切っても英国印である。
 80年代以降の GENESIS は、フロント・マンの フィル・コリンズ がソロ・シンガーとしてスターダムにのし上がるのと並走するようにポップス路線をひた走ってしまったが、 ピーター・ガブリエル がボーカリストとして在籍していた初期の彼らは「五大プログレ・バンド」に数えられるほどのプログレッシブ・ロックを展開していた。
 世界中で彼らのスタイルを模倣する者が続出し、後のロック界に多大な影響を与えたのは、この頃の GENESIS である。少なくともフォロワーの数だけでいえば、「五大」のバンドの中でも一番だった。

 その ピーター・ガブリエル(vo) 在籍時のアルバムで最も分かり易いのが、'73年発表の本作 「SELLING ENGLAND BY THE POUND~月影の騎士~」 である。もちろん「分かり易い」と言ってもプログレなので、一般リスナーには充分「変」なアルバムだ。
 そもそも ピーター・ガブリエル(vo) が存在するだけで妙な雰囲気が醸成されてしまう。彼はその声質や歌いまわしからステージ・パフォーマンスに至るまで、とにかく「変」なミュージシャンだった。
 声色の使い分けは勿論のこと、変な所でコブシをまわしたり変な所にアクセントを入れたりするなど、良くも悪くもそのボーカル・スタイルは極めて個性的で、 GENESIS 脱退後のソロ・アーティストとしての活動時も、その変な個性にあまり変化はなかった。それでも全米No.1ヒット・ソング 「Sledgehammer」 などを産み出したのだから、大したものである。

 その ピーター・ガブリエル(vo) が誰もついて行けない難解な世界を演出したのが、 GENESIS 史上最高の芸術作品で最大の問題作 「THE LAMB LIES DOWN ON BROADWAY~眩惑のブロードウェイ~」('74) だった。
 何十回聴いても全容がつかめない支離滅裂な作品で、このアルバムを最後に彼は GENESIS を脱退することになるが、そのひとつ前にあたる 「SELLING ENGLAND BY THE POUND」('73) が、今回ご紹介するアルバムである。
 「眩惑のブロードウェイ」('74) に比べれば、5倍ぐらいは聴き易い。




 収録曲


① Dancing with the Moonlit Knight
   〜月影の騎士〜
② I Know What I Like(in your Wardrobe)
③ Firth of Fifth
④ More Fool Me
⑤ The Battle of Epping Forest
   〜エピング森の戦い〜
⑥ After the Ordeal
⑦ The Cinema Show
⑧ Aisle of Plenty

 ①「Dancing with the Moonlit Knight~月影の騎士~」 は、本作中もっとも「変」な曲である。 ピーター・ガブリエル(vo) がアカペラで歌う変なイントロで幕を開け、変な構成のメロディ・パターンが変なサウンド・プロダクションで進行する作品。初めて聴いたときには曲の全体像が全くつかめないが、聴けば聴くほどクセになる妙な曲だ。
 「エフェクターの魔術師」 スティーブ・ハケット(g) による、どう聴いてもキーボードにしか聴こえない中盤のギター・ワークなども非常に独創的だが、コロコロと表情を変える曲構成が何とも魅力的である。でもやっぱり何か変だ。
 詩の内容は、恐らく当時のイギリスの政治や大英帝国の凋落ぶりを嘆いているのではないかと思う。とにかく初期 GENESIS の歌詞は、ダブルミーニングや分かりにくい比喩を織り交ぜた、示唆に富んだ内容が多いので、英語圏以外の人間には理解しにくい。
 ただ、若者やら老人やらが出てきてセリフを述べるなど、オープニングからシアトリカルなものとなっていて、実に彼ららしい。

 ②「I Know What I Like(in your Wardrobe)」 は、GENESIS 初のシングル・ヒットとなった小作品。
 ここでも、ジェイコブという若者だけでなく、エシルさんやルイスさんやファーマーさんといった人物が登場して、演劇風の歌詞となっている。内容は、芝刈り機を使う庭師として雇われているジェイコブ君が、少しサボってベンチで横になり、ぼんやり考え事をしているといったところだと思う。曲の始めや終わり挿入されている騒音は、その芝刈り機の音だろう。
 また本作のファンタジックなジャケットは、この曲の情景を描いたものである。出来ればジャケットを眺めながら、この曲を聴いて欲しい。
 I know what I like
  and I like what I know
 僕は自分が何が好きか知っていて
  そして僕は知っているものが好きなんだ

と繰り返し歌われるサビが印象的な佳曲である。

 ③「Firth of Fifth」 は、シンフォニック・ロックのバイブルとでもいうべき名曲。このアルバムのハイライト・チューンでもあるこの曲の最大の聴き所は、間奏部分のギター・ソロにある。
 間奏の前半は、音楽面で GENESIS のイニシアティブを握る トニー・バンクス の優雅なキーボードがメインだが、後半は一転して妖艶かつ叙情的な スティーブ・ハケット のギター・ソロがたっぷりと堪能できる。
 「速弾き」の「は」の字もない1音1音を長ーく伸ばしたフレーズがほとんどだが、絶妙なチョーキングとハンド・ビブラートを駆使した幽玄なプレイは、プログレ界でも屈指の名演だろう。
 しかし特筆すべきは、プレイ以上に音色である。 スティーブ・ハケット(g) はこの曲で極度に幻想的かつ湿り気のあるギター・サウンドを構築することにより、「メロディ」ではなく「音」で聴く者の涙腺を刺激してくる。
 この叙情性あふれるギターとみずみずしいキーボードが溶けあった結果、他に例をみない程奥行きのある奇跡的な美しいアンサンブルが形成され、現代のデジタル楽器では絶対に再現できない音世界が封じ込まれている。英国ロック史に残る傑作だろう。

 ⑤「The Battle of Epping Forest」 は本作中、最もちんぷんかんぷんな曲。
 12分近い作品だが、 ピーター・ガブリエル(vo) の独壇場ともいえる楽曲で、始まりから終わりまで彼の演劇風ボーカルが登場しっ放し。これがまた訳わからん。
 特に中盤の奇妙なテンションで爆走する ガブリエル の歌には追随する術が見出せない。
 良くも悪くも、80年代の GENESIS にはない曲である。

 ⑦「The Cinema Show」 は、後々も彼らのライブでメドレー形式にアレンジされるなどして登場する定番ソングだ。
 この曲では、ロミオとジュリエットという貧乏な1組のカップルと共に、テイレシアースというギリシャ神話に出てくる預言者も登場。シネマショーを観終わった後の夜を期待する二人と、「若造なんて古今東西そんなもんじゃ」と達観するテイレシアースを描いた詩だと思われる。
 10分を超える曲で、ボーカルが終わった後にインスト・パートが5分ほど続くのだが、こここそシネマショーを演奏で表現したものだ。フレーズの多彩さや、7/8拍子で疾走するリズム、そしてその変拍子に違和感なくメロディを乗せる トニー・バンクス のキーボード・プレイなど、聴きどころは少なくない。
 GENESIS 以外の何物でもない作品だが、ただこの曲はライブ・バージョンの方が圧倒的に完成度が高いので、出来れば 「THREE SIDES LIVE」('82) あたりの音源を聴いてみて欲しい。そこには フィル・コリンズチェスター・トンプソン によるダブル・ドラムでの驚異的な演奏バトルが収録されているので、是非とも一聴をお勧めしたい。




 GENESIS の音楽性


 すでに述べた通り、GENESIS の詩世界はファンタジックで童話的である。
 しかしそれは牧歌的でピースフルな内容ではなく、寓話の裏側に潜む奇怪で邪悪な狂気性にスポットを当てているものが少なくない。子供向けの童話ではなく「ホントは怖い大人向けのグリム童話」である。ピーター・ラビットよりもマザー・グースに近い。
 ピーター・ガブリエル(vo) を媒体としてこの世界観をシアトリカルに表現したのが、初期の GENESIS だった。本作においてもそうした要素は満載である。

 また、各メンバーの演奏技術の向上によって表現力が豊かになったことも見逃せない。
 デビュー当時の彼らはお世辞にもテクニカルとは呼べないブループだったが、本作あたりではすでに充分な演奏力を習得していて、特に フィル・コリンズ(dr) などは本作以後も急成長を続け、BRAND X (ブランド・エックス) というジャズ・ロック・ユニットにも参加するほどのプレイヤーに育っている。
 その後の彼が、ドラマーではなくシンガーとして名を馳せてしまったのは、個人的には非常に惜しいことだと思っている。


 イギリスを量り売りしています──
 意味深なタイトルが付けられたこのアルバムは、日本では特に人気の高い作品だ。
 毒々しさはあまりないが、代わりにとっつき易く温かみのある作風に仕上がっており、少なくとも ピーター・ガブリエル(vo) 在籍時のアルバムを GENESIS 初心者に勧めるのであれば、本作をチョイスする事にほとんど異論はないと思う。
 ①「Dancing with the Moonlit Knight~月影の騎士~」 や ③「Firth of Fifth」 、⑦「The Cinema Show」 といった GENESIS 作品群の中でも重要な名曲が収録されているし、個人的には③だけのためにこのアルバムを購入しても何ら損はないと思う。
 間違っても 「眩惑のブロードウェイ」('74) などから入ってはいけない。


 「シンフォニック・ロックとは?」 訊かれたら、私ならこのCDを渡して、③「Firth of Fifth」 を聴け、と答えると思う。




<若人のためのROCK講座より加筆・修正・転載>










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